草食御曹司の恋

あの頃、まるで死んだ魚のようだった彼の目が、ある日を境に別人のように輝きだしたのを俺は忘れない。

もう一度、彼女に会えた時には、胸を張って気持ちを伝えたい。

その一心で、今まで以上に仕事に心血を注ぐようになった彼は、着実に成果を上げていった。
開発が遅れていた最新のコンピューター数値制御の実用化を驚くべき早さで実現させ、それを搭載した新型機を次々と市場に投入したのだ。
もちろん、俺も微力ながら開発に力を貸した人間の一人だが、何より彼の勢いはすさまじかった。

そして、端から見れば大博打のような戦略も、彼にしてみればそれなりに勝算があったらしい。
ものづくりの現場では技術の伝承は永遠のテーマだ。深刻な人材不足はもはや日本だけの問題ではない。
悲しいかな人間の力だけでは技術力の維持に限界があるのも確かだ。その穴を確実にコンピューター制御できる機械が埋めるのだ。それは緻密であればあるほど、望ましい。
彼の提案した新型機は、そのニーズを的確に捉えていた。技術とは必要とする人間がいて、初めて進歩するものなのだ。

功績を認められ、いよいよ役員に就任かと思われた矢先、熊澤錬の取った行動は周囲を驚かせることになる。

大学院に籍を置き、博士号取得に向けて新たな研究を開始したのだ。
もちろん、クマザワを辞めた訳ではない。今まで通り開発部門の要職に就いたまま、大学での研究も成果を上げる。
並大抵の努力で成し得るものではないが、錬はあえてそれを自らに課した。

技術開発に全身全霊を注ぐことこそが、自分の使命だと高らかに宣言したのだ。
役員就任だけでなく、経営に携わることも固辞した彼は、一生技術者であることを選んだ。
それは、周囲には驚かれることかもしれないが、俺にとってはむしろ自然なことのように思えた。

本来、彼はそうあるべき人間だったのだ。
俺なんかよりも、錬にはずっと研究者の才能があった。
ただ、熊澤家の長男という境遇がそうさせるのを阻んでいただけだった。

そして、彼のその選択に周囲は難色を示したかといえば、そうでもなかった。
社長であり、父である熊澤竣はただひと言「そうか」と笑って了承したという。
彼が跡を継がなくとも、別に困らない。
弟たちもいるし、別に熊澤家以外の人間に経営を託しても構わないと考えているようだ。

長年悩み続けてきたことに、ようやくカタを付けた彼は、今まで以上に自分の“仕事”に打ち込んでいる最中だ。

今ならば、胸を張って彼女に思いを告げられるのかは、分からない。
それでも、人生に対するほんの僅かな迷いさえも吹き飛ばして、彼は今ここに誇らしげに立っているのだ。
その姿を見ただけでも、この三年は意味のある年月だったと分かる。


「Semoga Berjaya!(幸運を祈る)」

マレー語でそっと、友人にエールを送る。
流石の彼も首を傾げている。
あえて、分からぬように告げたのだ。

ラウンジの前で錬と別れる。
幸運の鍵を手にした後ろ姿をそっと見送った。
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