草食御曹司の恋
「で、どうだったの?上手く鍵渡せた?」
プライベートビーチを臨むベッドの上で、情事の後の気怠さなど微塵も見せずに、彼女は上機嫌で尋ねた。
あの後、シンガポールを飛び立ち舞い降りたこの島で、俺は打ち合わせ通りに彼女と合流した。
予約しておいたリゾートホテルのコテージに辿り着くなり、彼女をベッドへと押し倒す。恥じらいながらも俺を受け入れる女に、昼間だというのにまるで歯止めが利かなかった。
激しい運動の後には、すぐに睡魔が二人を襲う。俺は時差ボケはほとんどなかったものの、休暇のためにこのところ仕事を詰め込んでいて寝不足だったし。女は乗務後に休むことなくこちらへ飛んでたのだろう、すぐにすやすやと寝息を立て始めた。窓の外を見れば、すでに太陽は沈みかけている。
「ああ、完璧だ。今頃、感動の再会だろうな」
「ふふっ、上手くいってるといいけど」
シーツに包まり、嬉しそうに天井に向かって微笑むこの女───熊澤梓(くまざわあずさ)は、今度は俺の方に体を捻った。
「お兄ちゃん、元気そうだった?」
「何だよ、日本で会ってるんじゃないのか?」
「会ってないわよ。いつもすれ違ってばっかりよ」
「俺の都合には、ばっちり合わせてくるのにか?」
「……そんな意地悪言わないで。自分でも私ってどんだけ都合のいい女なの?って呆れてるんだから」
「いつも、悪いな」
「全然、悪いと思ってないくせに」
拗ねた顔でもおそらく簡単に人を恋に落とせるくらいには、梓は美しかった。
父親似の錬とは違い、美人の母親に似た梓は、隣に並ぶとそうは見えないが、間違いなく血の繋がった兄妹だ。
三歳年下の梓とは、高校時代から錬の家を訪ねる度によく顔を合わせていた。
親友の大切なこの妹が、密かに自分に思いを寄せていることも知っていた。
だからこそ、俺みたいな男(当時から女の扱いは酷かった自覚はある)が相手にしてはいけないと思っていた。
そんな梓に手を出してしまったのは、本当に魔が差したとしか言いようがない。
当時、大学で同じ研究室に進んだ俺は、以前から錬に対して抱いていた劣等感に押しつぶされそうになっていた。
将来約束された才能溢れる親友に対して、普通の家に生まれ育ち、研究でもいくら努力してもかなわぬ自分。
今なら、錬が俺以上に努力していたと認めることが出来る。しかし、当時の俺は若かった。
やり場のない気持を、最低にも彼の大切な妹を穢すことで解消したのだ。