草食御曹司の恋
“その日”は、突然やって来た。
ホームパーティーに誘われるのは、海外暮らしでは珍しいことではない。
日系企業や欧米企業の駐在員としてシンガポールに赴任してきた人々は、大体が立派なキッチンのある高級コンドミニアムに暮らしている。
料理自慢の奥様達が腕を振るって、友人や得意先の人を招いて自宅でパーティーを開くこともしばしばだ。
だけど、今日招かれた先は高級コンドミニアムではない。
大学近くの白い無機質な住居。と言っても学生寮ではなく、大学職員専用の宿舎らしい。
『博之さんの研究室の学生を誘って、ホームパーティーしようって話があって。それぞれ自分の故郷の料理とかお菓子を持ち寄って。色んな国の留学生もいるのよ。楽しそうでしょ?美波も良かったら来てよ』
一品持ち寄りのパーティーという話に、思わず後込みしたものの、例のごとく積極的な彼女に押し切られた。
『持ち寄りって言っても、簡単なものでいいのよ。ほら、おにぎりとか炊き込みご飯とか。美波もご飯くらいは炊くでしょ?』
目ざとく我が家の狭いキッチンの片隅に置かれた小さな炊飯器を発見した彼女に、「炊き込みご飯のおにぎりくらいでいいなら…」と渋々了承の返事をした。
この時「私もね、日本から特別なものを取り寄せる予定なの!」と笑った彼女が“取り寄せたもの”が何か気になったが、どうやらサプライズらしいので、深くは尋ねなかった。
鶏肉の炊き込みご飯で握ったおにぎりが沢山詰め込まれた包みを手に、約束通りの時刻に宿舎の入口のインターフォンを鳴らした。オートロックのため、中から鍵を開けて貰わねばならない。
しばらくの沈黙の後に、戸惑ったような男性の声が聞こえる。
「どうして…君が…」
インターフォンの機械ごしに聞こえた男性の声は、はっきりと誰のものか判別が付かないほどの微かなものだったけれど、確かに日本語だった。
部屋を間違えたのかもしれないと、もう一度しおりがSNSで寄越した部屋番号を確認する。
“8012”
確かに番号は間違いない。
しおりに電話を掛けるが、一向に通話が繋がる気配は無い。
どうしたものかと暫くスマートフォンとにらめっこをしていると、目の前のドアが開く。
住人が出掛けるところなのだろう。声を掛けて、あわよくば管理人室に通してもらおうと顔を上げた。
────その瞬間。