草食御曹司の恋

二年前。

『初めまして、熊澤錬です』
『…矢島美波です。よろしくお願いします』

本格的な日本庭園を擁する某一流ホテルの日本料理店。その中でもVIP用の個室で、私は彼と初めて顔を合わせた。

母から押し切られる形で迎えたお見合い当日、私は成人式の時に誂えた淡いブルーの振袖姿でその場所へ足を踏み入れた───ある、覚悟を持って。

お互い初めてのお見合いだと聞かされていたが、彼には一切緊張している素振りはなかった。私だけが心臓をバクバクさせているようだ。
これは後から分かることだが、この時の彼は、完全に素顔の彼だった。無表情でもなく、会話に合わせて私に時折視線を向ける。その真面目そうな視線は、私の目にとても好意的に映った。

きっと、彼なら私の申し出を腹を立てずに、受け入れてくれるのではないか。

そう思った時には、すでに私の口は動き出していた。

『熊澤さん、ご相談があります』
『なんでしょう?』
『私は、結婚しても家庭に入るつもりはありません』

私の爆弾発言に、隣に居た私の両親も驚いていた。彼の御両親の顔は怖くて見られなかったが、顔を上げてかろうじて正面に座る彼の顔を恐る恐るのぞき見る。
怒っているかと思いきや、彼は少し微笑んでさえいた。

『はい、お仕事は確か伯父様の秘書をされているとか。続けていただいても、私は構いませんよ?』

私の発言をそのままの意味に受け取った彼が、まっすぐ私の目を見て返事をする。
私はすぐに、本来言いたいと思っていたことを説明した。
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