草食御曹司の恋
『そうではありません。実は、伯父の秘書はこの先続けられません。私をずっと雇うつもりは毛頭ないと本人から告げられましたから』
今回のお見合いを受けても受けなくても、伯父には今月いっぱいで退社するように言われていた。そう言えば、私が見合い話を受るだろうと思ってのことだろう。
しかし、私はその言葉に深く失望していた。きちんと仕事をしているつもりだった。伯父の役に立っているという自負も少なからずあった。しかし、所詮は嫁に行くまでの腰掛け縁故採用だったのだ。
お見合いを受けなくてもどうせ辞めさせられるなら、このチャンスに賭けてみよう。
そう思ったのは、自分の中で極めて自然な流れだった。
『私は結婚よりも先に、きちんと自活できるだけのキャリアを積みたいのです。そこで…』
ようやく辿り着いた本題に、彼は呆れることなく耳を傾けてくれた。そのことに勇気づけられて、一気に最後まで言い切る。
『無理を承知でお願いします。貴社の採用試験を受けさせていただけませんか?能力が不十分であれば不採用で構いません。できることなら、今すぐお見合いではなく、面接を。お願いします!』
相手を怒らせる覚悟の上で勢いよく頭を下げた私に、浴びせられたのは罵声ではなく、ゆっくりはっきりと諭すような言葉だった。
『あなたのお気持ちは、よく分かりました。我が社でよければ、ぜひ面接を受けて下さい。丁度、私の秘書が欲しいと思っていたところです。すぐに今ここでとはまいりませんが、来週ご都合のよろしいときに、一度本社へお越しいただけますか?』
予想以上に上手くことが運んで、驚き半分、嬉しさ半分で、私は勢いよく顔を上げた。
『ありがとうございます!!』
呆れる両親は放っておいて、早速名刺を交換した。隣で一部始終を見守っていた彼のご両親(経済界でもおしどり夫婦で有名な熊澤精機の社長と奥様だ)も、特には反対していないようだった。
そして、面接の結果、秘書としての能力は十分であると判断され、採用に至った。
こうして、私は彼とのお見合いではなく、面接を選んだ。
結婚ではなく、仕事を。
そんな私が、今更のんきに彼に愛の告白など、できるはずもないのだ。