【完】君の指先が触れる度、泣き出しそうな程心が叫ぶ
会社自体は少数精鋭を集めたような会社で、人数は三十人程の会社だけれど、私はそれこそ世の中の常識でいう大手企業じゃなくてもこの会社や仕事に生き甲斐を感じている。


「美姫、おはよう。起きなかったから大丈夫か心配しましたよ」


「おはようございます。タクはこれから零さんの仕事の送迎ですか?」


オフィスの扉を開くと、今から出るところだったのか、タクと零さんとばったり会う。


零さんは相変わらず、会社の代表取締役と芸能人を両立しており、タクは代表取締役の秘書兼芸能人のマネージャーの両方を忙しなくこなしている。


互いに忙しいけれど、タクとは母の再婚を期に同棲を始め、1LDKの慎ましいアパートで寝食を共にしていた。


「この色ボケロリコン。いちゃついてねぇでさっさと行くぞ」


「酷い悪口ですね、相変わらず。穂純と喧嘩しているからって僕に当たらないで貰えますか」


零さんは、奥さんの穂純さんと喧嘩中らしく、ここのところ苛々している。私達が揃っているのを見るとこうやって毒づくのが最近の日課。


「零さん、意地張ってないで謝って仲直りして下さいよね。素直にならなきゃ幸せ逃げますよ」


三十路過ぎの零さんのそんな姿に微笑ましく思いながらそう言えば、零さんは大きな手で私の頭蓋骨を強く握った。


「うるせぇな。その言葉、去年末辺りのお前に言ってやれ」


図星を突かれ零さんをじろりと見れば、零さんはふん、と鼻を鳴らし早速とオフィスの扉の外へと消えた。
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