【完】君の指先が触れる度、泣き出しそうな程心が叫ぶ



タクが大喜さんや穂純さんとの約束で出ている夜、私も、とある人との約束で、近くの中華料理屋さんにいた。


「すっかり社会人だなぁ、美姫。スーツもリクルートじゃなくてなんかオシャレだし。社会人になるだけで大人だなぁ」


「蒼次郎こそ垢抜けたよね。大学、楽しい?」


あの頃は会うのも億劫だった蒼次郎。彼は別れたあの日以降も、本当に私と友達でいてくれて、社会人と大学生になった今でもたまにこうして会う仲となっている。


「いやね、実は、まだ大学生になって二ヶ月であれなんだけど……俺、やりたい事が出来たから、そっちの専門学校に行こうかと思ってるんだよ。大学通いながら」


何でも無い事のように凄い事を告げた蒼次郎に私はお箸を落としてしまう。


「え……本当に?」


「うん。高校生の時はやりたい事とか無くてとりあえず進学かなって進路を適度に決めたけどさ、驚くなよ?俺、役者になりたいと思ってるんだ。しかも声の方の」


少し意外だった。高校生の時は英文科だし、とりあえずそのままそれを専攻しよう、なんて理由で進学を決めた蒼次郎が、そんな事を言い出すなんて。


「サークルで演劇部に入ってるのは言っただろう?その舞台公演の時にたまたまそういう関係の人がいて。俺、二役兼任だったんだけど声を変えて演じてたから、興味を持ってくれたんだよ。俺も、もっと突き詰めたいって思うんだ」


毎日過ごさなくなり、歩く道が変わっただけで人はこんなにも輝き出す。蒼次郎の目は本気で考えている人の目だ。
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