【完】君の指先が触れる度、泣き出しそうな程心が叫ぶ



蒼次郎に相談をしてすぐ、私は店の夏の新メニューの事で頭がいっぱいになり、タクも相変わらずの多忙さで、すっかり悩みの事を忘れてしまっていた。


ひと月程経ったある日の日曜日、珍しく私もタクも休みの日、目が覚めると、いつもは休みは死んだように寝ている筈のタクが隣にいなかった。


珍しい事もあるんだな、なんてまだ起きない頭でぼんやりと思いながら身体を起こすと、空いたドアの隙間からコーヒーのいい匂いが漂ってくる。


「おはよう……今日は、早いんですね」


「おはようございます。料理は出来ないのでトーストだけですが、用意してありますからどうぞ」


眠たい目を擦り、甘く柔らかく、そして優しい声の主を見つめる。


しかし、タクの姿を見てぴしゃりと背筋が伸びて、意識が途端に覚醒してしまう。


いつもより高そうなグレーのスーツと背広を羽織り、ネクタイも白の蝶ネクタイ。長めのウェーブがかった前髪はワックスで上げられており、その整い過ぎた顔は銀フレームの眼鏡でしか隠れていない。


「た、タク……歌川、卓志さん、あの、今日は何か催し物でもあるんですか?」


今日の予定なんて昨日話していただろうか。その恰好いい姿に見惚れながらよそよそしく尋ねると、タクはにっこり微笑んだ。


何だか、それはかなりわざとらしい。こういう顔の時のタクは、少しだけ私に怒っているのをもう知っている。
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