【完】君の指先が触れる度、泣き出しそうな程心が叫ぶ
タクの、まるで彼の性格そのものが現れたような清潔感漂う車内。そこに何者でもない私が座れるのは、少しの間の幸福。


「ねぇ、美姫」


外の夕日を静かに眺めていると、タクが私の知っている人間の中で誰よりも優しい声色で語りかけてきた。


「海に行きませんか?」


「え……今から、ですか?」


私はタクの突然の提案に思わず首を傾げてしまうが、前を見つめるタクは満面の笑み。それは、子供みたいな顔。初めて見るタクの表情。


「ね?行きましょうよ。良いですよね?」


二十五歳のいい大人なのに子供のようなタクに、私は噴き出しながら頷いた。


タクといると自然に笑える。自分でも不思議なくらい、笑顔になれるんだ。


仮面を被る必要の無い人。自然体を受け入れてくれる人。こんな人に、今後こんな風に思える相手に出会う事なんてきっと無いのだろう。


だけど、私のこの焦がれる想いは叶わない。私の事情、彼の事情、立つ場所、全てが交わることは無い。
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