俺様当主の花嫁教育
「どうした? もう今夜の稽古は終わっただろう?」


用がなければさっさと帰れと言いたげな御影さんに、私は思い切って歩を進めた。
見つかってしまったからには、お願いするだけしてみよう。
そして、御影さんの目の前で足を止める。


「不躾なのは承知で……御影さんにお願いがあります」


早口でそう言って、御影さんを見上げた。
こうして顔を見るのも久しぶりで、こんな時なのに胸が疼くのに気付いた。


御影さんはわずかに逡巡した後、襖を開けたままで茶室に戻って行った。
話を聞こうとしてくれてると理解して、私も静かに茶室に足を踏み入れた。


きちんと正座して、御影さんと対峙する。
まだお茶の香りが漂う茶室で、私はほとんど顔を上げられないまま、何度も練習したお願いの言葉を口にした。


「……ふ~ん」


やっぱり、図々しいと思っているのか。
御影さんは、私が話し終えると、判断しがたい微妙な間を置いて鼻を鳴らした。
私は、無意識に緊張を高めて、膝に置いた両手をギュッと握りしめる。


「志麻にとっても、俺以外の人間の所作をさらういい機会だ。いいんじゃないか?」

「……え?」


思いがけない返事に、私は思わず顔を上げた。
御影さんは確かに私のお願いに了承してくれた。


「……本当に、いいんですか」


御影さんの返事に疑いを持ったまま、私は恐る恐る訊ねた。
お願いしておきながら躊躇する私に呆れたように、御影さんはフッと息を吐いて笑った。


「構わない。それに、西郷の婚約者だろ? あの西郷が彼女一人を送り出すとは思えない。きっと自分もそれらしい理由つけて同席したがるだろう」
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