君の隣
理名は、そんな彼を見つめたまま、小さく笑った。

「……ねぇ拓実。

 たまにふと思うんだ。

“結婚”っていう約束がなかったとしたら。
 
きっと私は、弱さをちゃんと見せられなかったなって」

「俺も。

 理名に“妻になるって決めた”って言ってもらえてから、
 “守る”ってことの重さも、喜びも。

 ようやくわかった気がする」

「ほんと、プロポーズって偉大だね」

 理名が笑うと、拓実もつられるように目を細める。

「でも……これからも続くんだよ。

 ホルモン療法も、不妊治療も、日々の仕事も。
 
それに、挙式の準備だってまだ終わってないし……」

少しだけ沈んだ声に、拓実は理名の肩をそっと抱き寄せる。

「大丈夫。

 焦らないでいい。

 全部一気にじゃなくていいから、できることからやってこう。
 だって──もう、夫婦になるって決めたんだから」

「……うん」

理名はその言葉に、ゆっくりと頷いた。

 静かに寄り添うその横顔は、以前より少しだけ、強くなっていた。

 

ふたりの間に、風が通る。

カーテンが揺れて、遠くで蝉が鳴く。

 
「拓実、挙式……

 春に桜の木の下って、やっぱりこだわってもいい?」

「もちろん。

 理名の“夢”、叶えよう。

 君と一緒に歩く未来に、あの花が似合うって、ずっと思ってた」

その言葉に、理名は何も言わず、ただ拓実の肩に頭を預けた。

ささやかな日常。

 それでも、ふたりの時間には確かな“かたち”があった。

 

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