君の隣
理名は、しばらく動けなかった。

でも、やがてマグカップをテーブルに置き、
そっと拓実の胸に、身を預ける。

 「……バカだな、ほんと。

 そういうとこ……ずるいくらい、やさしい」

「理名が、強がりすぎるだけ。

 そういう理名こそ、愛してる」

彼の腕が、静かに理名を包む。

 特別な夜。

 けれど、それは“自然なふたり”の温度だった。

 
不妊治療は、結果がすぐ出るとは限らない。

 でも──この夜、確かにふたりの間には「希望」が灯っていた。

 タイミング法に取り組みはじめてから、3周期目。

 理名の基礎体温アプリには、毎日几帳面に記録が残されている。
けれど、そこに「陽性反応」はなかった。

「……また、来た」

朝。

 理名は洗面所の戸を閉めながら、小さくつぶやいた。

鏡越しに映る自分の顔は、ひどく無表情で。

 どこかで期待してしまっていた自分に、そっと蓋をするように目を伏せる。

 

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