君の隣
「……理名先生、3周期続けて陰性でしたね」

 朱音が、電子カルテから目を上げて静かに言った。

「はい」

 理名は落ち着いた声で答える。

 だが、心の奥はわずかに波打っていた。

「そろそろ、次のステップを考えてもいいかもしれません。
 タイミング法が絶対じゃない。

 人工授精も、選択肢のひとつです」

理名は一瞬、言葉に詰まった。

「……そうですね。

 検討、してみます」

声はいつものように冷静を装っていた。

診察室を出たあとの足取りは、どこか重かった。

 
その晩。
夕食を終えたあと、リビングで並んで座るふたり。

テレビはついていたが、内容はまるで入ってこない。

 理名は手元のコーヒーカップを見つめながら、小さく呟いた。

「人工授精、考えてみないかって言われたの」

拓実は、彼女の顔をそっと覗き込む。

「……どう思った?」

理名は少し間を置いて、答えた。

「……正直、戸惑った。

 まだ自然に授かれるはずだって……どこかで思ってた。
 努力すれば報われるって、医学を信じたかった」

「信じてるよ、俺も」

 拓実の声は優しかった。

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