君の隣
理名は静かに拓実の肩に寄り添い、小さな声でつぶやいた。

「……怖いけど、ありがとう。

  “家族”って、ちゃんと考えてくれてたんだね」

「考えてたよ、ずっと。

 ……これからも、一緒に」

 

リビングの明かりが、ふたりをやさしく包んでいた。

 その夜、理名は久しぶりに安心して眠りについた。

揺れながらでもいい。

 選んで、進めばいい──そう思えたから。

 

「……次の周期から、人工授精を始めましょうか」

 朱音の声は穏やかだった。

 だからこそ、理名には、その一言が現実を突きつけるように響いた。

「タイミングは卵胞チェックの上で調整していきます。

 排卵誘発はクロミッドか注射、どちらがいいか相談しながら決めましょう。

 あと、前処置としてホルモン値や感染症の再検査も必要です」

理名は無意識に息を止めていた。

 メモをとる手元が、ほんの少し震えていたことに、自分で驚く。

彼女は医師である。

今は“自分が患者”になっていることに、どこか身体が追いつかない。

自己注射の説明を受けるとき、理名はふと、現実が視界を染めていくような錯覚に陥った。

「これが、私の日常になるんだ……」

 
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