君の隣
その夜。

 理名はソファに腰を下ろし、膝に注射セットの説明書類を広げていた。

拓実はキッチンからココアを2杯運んできて、隣に静かに座った。

「お疲れさま。

 ……どうだった?」

「……うん。
 想像してたより、“ちゃんと現実”だった」

理名の声には、乾いた笑いが混じっていた。

「採血に、内診に、自己注射。

 スケジュール調整に、精子提出のタイミング。

  ……思ってたより、ずっとハードだね。

 気持ちも、身体も」

拓実は、彼女の指先に視線を落とす。

 説明書を持つ手が、ほんの少し力んでいるのがわかった。

「……嫌なら、やめてもいいんだよ。

 俺は、それでも――」

「違うの」

 理名は小さく首を振った。

「嫌じゃない。

 ただ……ね。

 理想と、全然違って。

 私、どこかでまだ“自然に”授かれる気がしてた。

  努力して、祈って、体調整えて……

 そのうちに、って。
 
だけど、今の私は“治療を受けて”初めて妊娠の可能性に近づける。

 それが、少し……悔しいの」

 
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