君の隣
拓実は、言葉を選びながらそっと言った。

「理想と違っていても、理名の選んだ道は、ちゃんとまっすぐだと思うよ。

 悔しいのも、不安になるのも当然。

 でも……それを全部、俺に見せてくれてありがとう」

「見せてるんじゃなくて、抑えきれないだけ」

 理名は、自嘲ぎみに笑った。

 拓実は彼女の手から書類をそっと取り上げ、テーブルに置いた。
そして、そのまま静かに抱きしめた。

「……ねえ、理名。
 ひとつひとつ、俺と一緒にやろう。

 注射も、通院も、書類も……“ふたりの治療”に、しよう」

 理名の肩が、ほんの少し震えた。

 でも、それは泣き出す前のそれではなかった。

彼女は拓実の胸に額を預け、小さく、何度も頷いた。

「……うん、ありがとう。
 私、まだ怖い。

 でも、いまなら……進める気がする」

 

人工授精という言葉が、ようやく現実として自分の中に着地していく。

 それは理想の延長ではなかったかもしれない。

 でも、“ふたりで歩く道”としては、これ以上ないほど、確かなものだった。

 

その夜、ベッドに入っても眠れなかった理名は、拓実の背中にそっと触れた。

「拓実……」

「ん?」

「……あした、自己注射の練習に付き合ってくれる?」

拓実は振り向いて、穏やかに笑った。

「もちろん。

 俺の手でも、練習していいよ」

「それは困る」

 理名が笑うと、ようやく部屋にやわらかな夜の空気が戻った。

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