君の隣
夏の終わり、午前の診療が一段落したころ。

 理名と拓実は、再び院内の不妊治療ブースを訪れていた。

カルテを確認していた朱音先生が、理名の検査結果を手にゆっくり顔を上げる。

「子宮内膜の厚みも安定してきているわ。

 再挑戦のタイミングとしては、かなりいい状態よ」

 朱音の声は凛としている。

それでいて、どこか背中を押してくれる温かさがある。

理名の隣で、拓実がそっと手を握る。

 それだけで、鼓動が落ち着いていく。

「……先生、また、お願いできますか」

「もちろん。

 今回は、前よりも身体への負担を軽減しながら、排卵誘発とタイミングの調整から進めていきましょう」

 朱音は優しく微笑んだ。

「焦らなくていい。

 少しずつ、自分たちのペースで進んでいきましょうね。

 拓実先生も、心のケアは引き続きしっかりと」

 「はい。
 全力で、伴走します」

 
診察室を出ると、ふたりは病院の中庭に足を向けた。
風がやさしく髪をなで、蝉の声が遠くで響いていた。

「……前より、少し心が軽いかも」

 理名は、手のひらを見つめながらつぶやく。

「どうしてだと思う?」

 「きっと……誰に言われるでもなく、
 私自身で。

 もう一度やりたいって決めたから」

拓実は微笑み、静かにうなずいた。

「この気持ちは、何があっても変わらない。

 理名と家族になりたいって──ずっと思ってる」

 「ありがとう。
 私も、やっぱり、諦めたくなかったんだよね」

指先を絡め、静かに重ねる手。

 それは不安と希望の両方を抱きながらも、再び歩き始めるふたりの意志そのものだった。

空の高いところに、ひとすじ、秋の光が差し込んでいた。

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