君の隣
麻未は、ナースステーションの明かりを背に、そっと腕を絡めてくる。

 声も、仕草も、どこか甘く、とろけそうで──

 普段は小児科医としてしっかり者の彼女の、素の顔。

「……感じたよ。

 めちゃくちゃ」

慎也は、ぐっと手を握り返し、小さく囁く。

「今すぐ、麻未とキスしたくなるくらいには」

「も、もう……それ私のセリフ……」

小さく笑い合ったその瞬間──

「……岡崎先生!

小児科に急患が入りました!」

ナースの声が飛んできた。

 麻未は、混乱を防ぐため、病院内では旧姓の『岡崎(おかざき)を使用している。

麻未は一瞬、名残惜しそうに慎也の腕を離すと、深く頷いた。

「……行かなきゃ。

 ごめん、また後でね」

「いいよ。
……待ってる」

彼女が駆け出した背中と、揺れる暗い茶色のポニーテールを見つめる。

 彼は静かに手を胸元に戻した。

「──おあずけ、だな。
 耐えられるかな、俺……」

 そっと、呟いた言葉は、誰にも聞かれることはなく、慌ただしくなる病院の空気に溶けていった。


< 41 / 216 >

この作品をシェア

pagetop