君の隣

過去の傷

カーテンを開けると、東の空が淡く色づいていた。

「……今日、すごく綺麗」

麻未がベランダに出て、空を見上げる。

 その隣に慎也が立ち、そっと手を繋いだ。

「……ねぇ、慎也。
 私、あの日からなんだ。

 はじめて“誰かに頼っていい”って思えたの。

 貴方に出会った日。
 ちゃんと、憶えてるよ?

 秋の夕方だったな。

 寒くて、空腹で、でも誰にも助けてほしくなくて……
 ベンチに座って、ひとりで泣いてたの。

  “なんで私、まだ生きてるんだろう”って。
 もう、この世から消えちゃいたいのに"って。

 ……そのとき、そっと隣に座ってきたのが、あなただった。
 “何してるの?”とも、“大丈夫?”とも言わずに、ただ静かに隣にいてくれて──

 すごく、安心した」

麻未はゆっくり顔を上げる。

「……あのとき、麻未が“生きていたい”って思ってくれたなら──
 俺は、隣にいた意味があったんだと思うよ。

 最初は、全然目を合わせてくれなかったけどね」

「人を信用できなかったから。
 でも、慎也はそれを責めなかった。

 腕のリストカットの傷痕にも。

 気付いてただろうけど、それについても何も聞かずに、いてくれた。

 あの時の“沈黙”に、救われたんだ、私。
 
 ……翌日、どうしてもちゃんとお礼を言いたくて、公園に戻った。

 そしたら──」

麻未の声が、ほんの少しだけかすれた。

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