君の隣
鏡の前で服を整えながら、ふと自分の顔を見つめた。

──まだ、どこか不安そうな目。

でも、その奥に、確かに芽生えている。

 守りたいと思う何かが。

診察室を出ると、朱音が優しく背を押すように言った。

「不安になったら、いつでもおいで。

 母親になるの、ひとりじゃないからね」

麻未は、涙をこらえながら小さく微笑んだ。

「……はい」


 診察を終えたあと、朱音はカルテを閉じて、ふと窓の外に目をやった。

 午後の光が、診察室の壁にやわらかく差し込んでいる。

 ──あのときも、こんな光だった。

 まだ若かった自分が、初めて妊娠を知った日。

 不安と喜びが入り混じったあの瞬間を、朱音は今でも鮮明に覚えている。

「……麻未ちゃん、母になる準備、始まってるよ」

 そう言った自分の声に、どこか懐かしさが混じっていたのは、きっとその記憶のせいだった。

 命の始まりを見届けるたびに、朱音は思う。

 ──医師である前に、わたしも、母だ。

 そして今、麻未がその道を歩き始める。

 その背中を、そっと見守ることができる幸せを、朱音は静かに噛みしめていた。
 

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