君の隣
階段を駆け下り、処置室に飛び込んだ。

耳に届いたのは、絶望の音。

心臓が震え、血液を送り出せなくなっているときの、アラーム音。

 胸が締め付けられ、息が詰まった。

 ──間に合わないかもしれない。

 理名は迷わず胸骨圧迫(CPR)を開始する。

 手のひらで胸を強く押す。

 圧迫。解放。
圧迫。解放。

 リズムは刻む。

 ──止まるな。止まるな。

同時に除細動器のパドルを握る。

 先輩たちが一歩下がる。

 電気ショックの準備。

 「行くぞ」

 一瞬の静寂。

 ボタンを押す。

 ──心電図は変わらない。

胸骨圧迫の手は止めない。

 もう一度パドルを回す。

 ──まだ動かない。

 胸が張り裂けそうだ。

 息が詰まる。

 手が震える。

祈るように言葉を紡ぐ。

「……死ぬな……!
 ふざけるなよ……っ!」

声が掠れているのも構わず、叫ぶ。

 その叫びに、周囲のスタッフが思わず振り向く。

 普段は冷静沈着な呼吸器内科医・岩崎理名が、泣き叫んでいる──

 そんな現実に、誰もが言葉を失っていた。

「拓実を連れて、私が訪ねるのを楽しみにしてたじゃない……!

 まだ、お父さんに言ってないこと、たくさんある!

 ドレス姿、見たいって、言ってたじゃない……! 」

理名は体力の限界を感じながらも、胸骨圧迫を続けながら祈った。

 ──お願い、死なないで。


 祈りを込めて、モニターを見つめる。

それでも、心臓モニターは無音のまま。

 静まり返る処置室に、心電図の「ピー」という機械音がただ鳴り響く。

 
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