恋がしたい。ただ恋がしたい。

…ん?冷蔵庫の方から野菜取り出してる…。


「…ねぇ、紫。あの……何を作るつもりなの?」


一抹の不安を感じて、ガタン、ガタンと棚をひっくり返す勢いでシチュー鍋を取り出そうとしている紫に、おそるおそる尋ねてみる。


「紫特製!塩鶏鍋です!」


ジャーン!と効果音が付きそうなくらい勢い良く鍋を振りかざして満面の笑みで答えてくれた。



「えっと……どうして、鍋?」


真夏なのに。今日だって30度超えてるのに。


紫は、私の疑問を今度はスマホ片手にニコニコと受け止めて、何やらスマホをいじりながら顔も上げずに「今日みたいな暑い日は、スパイス効いたものが食べたくなるでしょ?カレー鍋にしようかと思ったんだけど、香織、あんまりご飯食べてないって聞いたからカレーは止めとこうと思って。」


…それで『鍋』だけが頭の中に残ったのね…。私の身体を心配してくれたのは嬉しいけど…。


しかも今、絶対レシピ検索してるでしょ。



「大丈夫だって!切って煮込むだけだもん!」



私の不安の眼差しを、料理の腕を心配していると勘違いした紫は、包丁を掲げながら勢い良く応えてくれた。


だから、鍋じゃなくてもいいよね…っていう私の想いは、何故か上機嫌の紫にとうとう届くことはなかった。
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