オフィス・ラブ #∞【SS集】
誰でもいいわけじゃなかった。

あなただけ、なんて嘘も、一度だってつかなかった。

好きとすら、言わないようにしていた。


確かに少し自由すぎたきらいはあるけれど、私なりに真摯に、自分にぴったりの誰かを探していたのに。

それを理念だなんて言ったところで、通じないだろうなあ。





「どこ行く」



まだこのあたりの地理が頭に入りきっていない新庄さんが、ナビを漫然といじりながらぶっきらぼうに訊く。



「そんなご機嫌斜めの人と、どこにも行きたくないですねえ」



助手席で脚と腕を組んで、じっとりと言ってやると、歯噛みするような顔で、新庄さんがこちらを見た。

じゃあ、と低い声が言う。



「このまま駅まで送ってやるよ。泊まりだと思ってたんだが、残念だな」

「私も残念です。部屋に置いてある私の荷物、後で送ってくださいね」



任せろ、と吐き捨てられて、いい加減、笑いそうになった。

その気配を感じとったのか、新庄さんが、ふてくされたような声を出す。



「俺が言いたいのはだな」



彼がステアの横に手を伸ばすと、それまでアクセサリ状態だった車に、ひっかくような音とともに、エンジンが入った。



「数がどうとかじゃなくて。それ自体を、お前がたいしたことと思ってないふうなのが、気になるんだ」

「だって、たいしたことじゃないでしょう」

「複雑だろ、そう思われるのは、男として」



はあ、と気の抜けた声が出た。

そんなこと気にしてたの?

ていうか。



「…それこそ、お互いさまでは?」

「わかってる」



再起動したナビを改めて設定しながら、面白くなさそうに新庄さんが言う。

その横顔を、ぽかんと眺めた。

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