恋は死なない。



思いつめて佳音の工房へやってきた和寿は、佳音を抱き想いを遂げられて、眠れなかった夜からやっと解放されたのだろうか。佳音を抱きしめたまま規則的な寝息を立て始めた。

そんな和寿の安らかな寝息と落ち着いた胸の鼓動を聞きながら、佳音も思う。
愛し合った余韻に包まれて、こうやって愛しい人の腕の中にいる、まさに今が、人生で一番幸せな瞬間なのだろうと。


佳音はしばらく、その幸せな感覚を噛みしめていたが、和寿の腕をそっと動かして、その懐から抜け出した。
ベッドの側にあったネグリジェを身に着けると、同じように脱ぎ散らされている和寿の洋服を拾い上げた。濡れたままのそれらを脱衣所に持っていき、洗濯機に洗ってもらう。


いつしか雨音がしなくなっていて、佳音は外の様子を確かめに、暗い工房を横切って窓辺へと向かう。カーテンを開けてみると、空はすでに雲が切れていて、中天には丸い月がぽっかりと浮かんでいた。

皓皓と降り注がれる月からの光に照らされて、佳音は思わずその澄んだ様に息を呑んだ。


こんな月の光を浴びていると、いつも心の中で冷たい塊になっている寂しさや、和寿への激しい想いなどもすべてが洗い流されて、まっさらな何にも染められていない自分に戻れるような気がする。

佳音はしばらく窓辺に座り、心の中を空っぽにして、その美しい真夏の月を眺めていた。



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