とある悪女の物語。
「全然食べていないだろう」
心地よいテノールの綺麗な声に胸が締め付けられる。
「……もう、大丈夫です」
「聞こえないな。ほら、」
今度は唇ではなく顎を掴んで固定した黒崎さんは、スプーンを私の口に押し込んだ。
正直味がしない物をこれ以上食べる気も、ましてや黒崎さんにこれ以上食べさせて貰う気もない。
それにすっかり食生活など二日に一食食べればいい、と言うほど荒れていた私にとって一度にこんな量は食べれない。
まだ黒崎さんの側にあるお盆には半分以上の彩りのいい料理が残っている。
黒崎さんに強く反抗なんて出来るわけないわたしは、与えられたものを何とか胃に押し込むことしか出来ない。
顎に感じる圧迫と、先程より近くなった黒崎さんとの距離に私は眩暈を起こしたような気分になる。
黒崎さんを見上げると……あれ程暗闇しか映さなかった瞳には、半泣きで黒崎さんを見つめている私が映っていた。
私は一度合った視線を逸らすことが出来ず、黒崎さんと見つめ合う。心臓が痛くて痛くて、あれだけ願ったことがこんなことで叶って、やっぱり泣きそうになる。
しかしそんな時___
「ひっかっるー?どー?彼女ちゃんと食べ……って光!?なにやってんの!?」
ばん!と開いたドアから誰かが入ってきた。
私は顔を固定されている為そっちを見ることは出来ないが、黒崎さんが視線を向け舌打ちを打った。
そして顎を掴んでいた手が離される。
「光まさか怪我してる女の子にその仕打ちはないでしょー?」
「……うるせぇよ、棗」
私もその声の主に顔を向ける。
そこに居たのは、ピンクに近い金髪をした男だった。
もちろん私でも知っている、黒崎さんと親しい人の一員だ。黒崎さんの周りには「類は友を呼ぶ」と言うのか美形ばかりが揃っていて、この男ももちろん例外ではない。
その男は私をちらりと見てその美貌に笑みを敷く。
「こんな可愛い子の顔掴む神経分かんないなぁ。ほら赤くなってる」
あっという間に私の目の前まで来た男は、そう言って私の顔に手を伸ばしたけれど……。
「棗」
私の隣から発せられた声に、男はその手を止めた。
「……ハイハイ、分かってるって」
そう肩を竦めた男は次の瞬間には「俺、棗。女の子からはなっちゃんって呼ばれてるかなぁー。君は茉莉ちゃんでしょ?知ってるよ」と笑いながらマシンガントークをかましていた。
私が返事をする暇もないまま、男……改め棗さんは来た道を戻って行く。
「他の奴らも下で待ってるから。光も程々にして下降りてねー」
そして最後に「後でね」と棗さんは私に手を振り、部屋を出て行った。