とある悪女の物語。
棗さんが出て行った後の部屋には静寂が広がっている。
何か話さなきゃ、と思うけれど話題なんて見つかる筈がない。
どうしよう……と包帯が巻かれている手に視線を落とした時。
「……顔、痛かったか」
「……え?」
黒崎さんから掛けられた声に、私は黒崎さんを見上げた。
「……確かに赤いな」
黒崎さんは私に手を伸ばして……親指で、顎をひと撫でする。それは先程とは違ってとても丁寧な仕草だった。
下唇ギリギリを通った感覚に、思わず私は肩を揺らし、視線を黒崎さんから横に逸らした。
「痛かったら痛いと言え。……いいな?」
有無を言わせない傲慢な態度で私を見下す黒崎さんに喉の奥が張り付いたような感覚を覚える。加減をしないのも貴方だというのに。けれど惚れた弱みと言えばいいのか、寧ろ“黒崎さん”らしいと私は肯定的に思った。
「……はい」
辛うじて絞り出した声に、黒崎さんは私の顎から指を離す。
今度は加減がされた丁寧な仕草だった。
「……ならまず今日は家に帰れ。明日からここに泊まる用意を持って来いよ」