とある悪女の物語。
どうにか頷いた私は黒崎さんに連れられて下まで降りる。
一階には広い空間が広がっていて、来た時よりも大勢の人がその場を埋め尽くしていた。
「黒崎さん!ちわっす!」
次々と黒崎さんに掛けられる声と、下げられる頭に目を白黒させ、次に私に向けられる訝しい視線にたじろいでしまう。
探るような視線は気分がいいものではない。
黒崎さんが近くにいる緊張とはまた種類が違う緊張を手に握りしめ、私を見る視線から逃げるように顔を俯かせた。
堂々と前を歩く黒崎さんの足元だけが見える。
「……乗れ」
はっと顔を上げると、いつの間にか建物の外に出ていて黒崎さんは開けられた黒塗りの車に乗り込もうとしていた。
慌てて私も黒崎さんに続いて車に乗り込むと、直ぐに車はエンジンをかけ発進される。
運転席には男の人が座っていて、車内には言葉を持たない空気が流れていてた。静かなエンジンの音がしっかりと聞こえるほど静かだ。
皮張りのソファーは座り心地がいいはずなのに何だか落ち着かなくて、足を伸ばしても余るほど広い空間がさらに助長させる。何より隣に座る黒崎さんが一番厄介だった。
そわそわとしていた私が自分の家の住所を言っていなかったことに気づいたのは家の最寄りのコンビニを通り過ぎてからで、左側にある運転席を見るとカーナビに私の家らしき場所が映し出されていた。
「……付きました」
ほどなくして見慣れたマンションの目の前に車が止められる。
「……あの、ありがとう…ございました」
何といえばいいか分からずに黒崎さんと運転手さんにまとめて言った私は、頭を下げて車から降りた。
ばたんと閉まったドアの音が、胸の中に漂っていた感情と複雑に絡まった。
エントランスに入ってセキュリティドアを潜ると、黒塗りの車は滑るように道を進んでいく。
視界から黒が消えるまで立ち尽くし、それからやっと私は自分の部屋に向かうためエレベーターに乗り込んだ。