冷たい舌
 
 
 和尚もまた違う夢の中に居た。

 瀧(たき)の流れ落ちる音に、辺りを見回す。

 そこは龍神ヶ淵だった。

 瀧? 瀧なんかあったろうか。
 そう思いながら、上流に向かって歩き出す。

 不思議だ。いつもと全然気が違う。

 溢れんばかりの緑に覆われた淵は、濃い蒼い水の流れから、大気に波動を羽根のように広げていた。

 まるで、淵の性質自体が違うように感じる。

 上流に向かうに従い、地形も変わっていることに気がついた。

 なんだ、これ?

 どんどん瀧の音が強くなる。
 和尚はいつの間にか走り出していた。

 今はない場所にもうひとつ林があった。

 駆け込んだそこにはかなり樹齢のいってそうな木がたくさんある。

 その中を、一気に和尚は音に誘われるように駆け抜けた。

 目の高さにあった枝を払い、急に開けた場所に飛び込む。

 瀧だ!

 飛沫を上げながら、高い斜面から瀧は、とうとうと水を落としている。

 だが、和尚の目は、瀧ではなく、その前に居る女に奪われていた。
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