冷たい舌
 瀧壷の浅い場所に立っている白い肌の女―

 自分の知っている女というものとはまったく違う。

 小さな顔に収まる品のいい配置の部品。理知的な瞳と、整った形の唇。

 俺はこの女を知っている。

 この顔を知っている―

 流れ落ちる水が広げる波紋の端を見ている女は、薄い生絹のような衣を手にしていたが、腕に抱えるそれからも、白い裸体が透けて見えていた。

 背を這う見事な黒髪を空中に跳ねさせ、振り返った女は特に身体を隠すでもなく、物珍しげにこちらを見た。

 恥ずかしがる様子もないせいか、その容姿のせいか、和尚はそれが人でないことを察した。

 天女……?

 本当はなんだったのかわからない。

 だが、そのとき和尚はそう思った。

 女は、まじまじとこちらを見ていたが、やがて小さく艶やかな唇を開く。

「―逃げんのか?」

 は? と和尚はらしくもなく間抜けな声で訊き返した。
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