フキゲン課長の溺愛事情
『鍵だから直接返した方がいいと思うから』

 そう言ったら、沙織には郵送すればいいでしょ、と言われた。でも、璃子には本当は啓一の顔を見たい、という思いもあったのだ。

(私って未練たっぷりだわ……)

 沈んだ気持ちで研究所のスチール製の扉を押して中に入った。守衛室で社員証を見せて、廊下を進む。手前の自動販売機コーナーから話し声が聞こえてきたので、璃子はそっと顔を覗かせた。

 ソファに座って、数人の男性社員が談笑している。その中に啓一の姿を見つけて、璃子の胸がキュッと締めつけられるように痛んだ。

(啓一が……笑ってる)

 彼の笑顔を見たのはいつ以来だろう。そう思ったとき、視線を感じたのか、彼が顔をこちらに向けた。璃子と目が合って、彼の顔から一瞬にして笑みが消えた。

 その表情の変化に、胸の痛みが強くなる。

(啓一は私に会いたくなかったんだ……)

「け……」

 啓一、と呼びかけようとして、言い直す。
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