B級恋愛
「おい、離せ。周りから見たら…」

思わす辺りを見渡す。他から見れば恋人同士の痴話喧嘩に見えてしまうだろう。正直それは避けたい。

「戻りたくないの、本当―――」

彼女がどんな思いで会場にいたのかなんて知らないし知る必要なんてない。そこはプライベートの世界なのだ。だからといってむげに彼女を追い払う気にもなれない。嫌なことには誰だって突っ込みたくはないから。
ふと後ろを振り返る。彼はまだ姉の――基杏子の姿を探しているようだ。今つき出せば解決だろうが…

「…おい」

腕の中の彼女は声をかけると顔をあげてきた。

「言っておくけれどこれは貸しだからな」
「え…」

頭上から降ってきた市川の言葉にキョトンとなる。

「ここから連れ出してやる。だから言う通りにしろ」

市川の言葉の意味を理解するのにそう時間はかからなかった。杏子が頷くと彼は意を決したように抱き上げる。

「ち…ちょっ…」

「大人しくしていろ。弟につき出されたいか」

杏子は大袈裟なくらいに首を左右に振ると市川に抱きついて顔を埋めた。

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