B級恋愛
「どっちも断る。しかも何で10倍の数の腕立て伏せをしなきゃなんねぇんだよ」

しかめっ面でこう返す。10倍の数というのには納得はできない。

「つきあいたくない人間がいる所に連れてくる市川さんに問題がありますよ。また惨めな―――」

「思いなんてしねえだろ、オレみたいな良い男とこんな所で食事できるんだからさ」

…………………………

本気で殴りたかった。上司だけど。けれど殴るのを止めた。自分を自分で『良い男』なんて言わないだろう…こんな事が脳裏を掠める。たしかにロケーションは最高だ。地上15階のレストランバー。見晴らしも良い。そこに美男子と来れば…問題なしである。
…が。

「…それに貸しきりになっているのは景色はあまりよくない方だろ。オレ達が行くのは景色の良い方だ…来い。惨めな思いなんてさせねぇから」

市川がこう言って歩き出すと杏子も後を付いていった。

梅雨晴れの景色はきれいだと思った。空気が澄んでいるような気がする。遠くの工場群の煙突と風車がよく見える。夜は別の顔を覗かせる。

「好きなのを食って良いぞ」

市川がこう言ってメニューを出してきたが躊躇ってしまい受け取れない。

「食わねえの?」

「…っ食べますよ」

やっとの思いでメニューを受け取り開く。普段は口に出来ないような値段が並ぶ。前の職場で女子会をする時に何度か利用したがフェアという割安な値段の時だけだ。

「決まったか?」

ものの数分もしないうちに市川が声をかけてきた。

「まだです」

こう返しメニューを見つめる。

「何でも腹に入れば同じだろ…」

早くしろとばかりに市川はこう返す。たしかにその通りなのだがどれも美味しそうに見えて目移りをしてしまうのだ。

「どれも美味しそうで目移りをしてしまって…」

「なら同じコース料理でいいか?」

「え…あ、はい」

杏子がこう返すと市川は係員を呼んでコース料理を2つ頼んだ。

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