Memories of Fire
「べ、別に、私は……っ!」

 ソフィーは彼の視線に晒されていることに耐えられなくなって、ふいっと顔を背けた。

 なんだか悔しい。勝負をしていたわけでもないのに、負けた気分だ。

「もういいわ」

 これ以上クラウスと会話を続けても、ソフィーが手のひらで転がされるだけのような気がする。ソフィーは仕返しとばかりに思いきり不機嫌な顔をクラウスに向け、立ち上がった。

「話がないのなら、わざわざ会いにこなくてもいいのよ。私たちの結婚は、お父様の命なのだから」
「そうですか……ソフィーが嫌だというのなら、そうしますけれど」
「ええ! そうしてくださると嬉しいわ!」

 クラウスの淡々とした返事に、ソフィーの苛立ちが増す。彼女は無意識に拳を握り締めて、鼻息荒く身体を反転させた。そのまま挨拶もせずに城へ歩き出す。

 まだ仮とはいえ、婚約者の機嫌を損ねておいて、追ってくる気配すらない。

 ああ、もう。この苛立ちは一体何なのだ。

 話をしてほしいと思っていたわけでもないくせに、いざ自分の存在が無意味だと感じたらイライラする。

 結婚だってバルトルトの希望で自分は乗り気でないはずなのに、改めて“興味がないのだろう”と指摘されたらムッとしたし、会いにこなくてもいいと言ったらすんなりそれを受け入れたクラウスにも怒りが湧いた。

 ソフィーは訳のわからない憤りをどうにもできず、最後には泣きそうになりながら自室へ戻るのだった。

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