Memories of Fire
「ちょっと、待って。こんな急に、こんなところで。それに、まだ明るいのに……っ」

 いくら婚約者が相手とはいえ、心の準備というものがある。

「恥ずかしいですか?」

 クラウスの唇がソフィーの首筋に押し付けられ、ちゅっと音を立てて肌を啄まれる。

「ですが、貴女の心が決まるのを待っていたら、いつまでも触れさせてもらえなさそうです。急ですけれど、婚約式の後ならタイミングとしては悪くありません。この客室にはベッドがありませんが、移動する余裕は残念ながら残っていませんからお許しくださいね。ああ、照明が気になるのなら先に言っておきます。いつ、どこで貴女を抱こうとも、明かりはそのままです。貴女の表情が見えないなんて嫌ですから」

 肩口から胸元までの肌に口付けながら、クラウスはソフィーの言葉に冷静に答えていく。それから胸元の彼女の手にもキスをして、彼は自分の手でそれをそっと握った。

 細く長い指は女性的なのに、大きな手はすっぽりとソフィーの手を包み込んでくれる。

「観念していただけましたか? 意地っ張りで甘え下手な王女様」
「……失礼だわ」

 ソフィーは眉根を寄せて唸る。

「そんな強気なところが好きですよ。でも、泣いている貴女も……初めて見ましたが、いいですね。いろいろと、刺激されます」

 クラウスの黒い瞳が妖しく光った気がした。

「ぁ……」

 この瞳だ――なぜか気になる彼の視線。不愉快だったはずなのに、ソフィーはこの黒い色に囚われた。

「ソフィー。私のことを、好きになってくださいましたか?」

 再び問われ、ソフィーは顔を背けた。これでは肯定しているようなものだと理解しつつ、否定の言葉がでてこない。

「どうして……」

 ポツリと呟くと、クラウスは彼女の頬にキスを落とす。
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