ヴァイス・プレジデント番外編

「久良子(くらこ)ちゃんが一番長いんだね」

「ええ、それでも、まだ一年ですけど」



それでもさすがに、待ち合わせは会社の裏手を指定してくれた。

駅とは反対の方向にぶらぶらと歩きながら、リサーチをかけてくる。



「お酒は、好き?」

「飲みませんの」

「全然?」

「ええ」



ちょっと意外そうな顔をした彼は、けれどにこりと笑うと、携帯でどこかに電話をかけはじめた。


電子機器メーカーで経営部門のライン秘書をしていた私がこの会社に来たのは、ちょうど一年前の春のこと。

そろそろ役員専属秘書というものをやってみたくなり、転職したのだ。

ここは大きな会社じゃないけれど、業界なら知らない人はいない、無借金経営の、超優良企業だ。

上場もしているし、社屋は新しいし、会長は素敵だし、言うことなしじゃない?


私が入る前には、役員秘書はふたりしかおらず、それぞれが取締役全員と、それ以外を受け持っていた。

私が入った時に業務分担を整理し、先輩秘書が会長づきと、社長・副社長づきに、そして私が他の全役員を受け持つことになった。


夏になる前、ひとりが結婚して関西に行くことになり、代わりに採用されたのが和華だった。

なるべく担当を変えずに済むよう、和華はそのまま会長づきとなった。


それからいくらもしないうちに、もうひとりの先輩社員が出産のため退職。

そこで暁がやってきて、やはり配置をなるべく変えないよう、社長・副社長づきとなったのだ。


今年、新しい年度を迎えるにあたって、3人で話し合い、私が会長、和華が社長、暁が副社長以下、と新たに振り分けた。

短い期間にくるくる秘書が変わったので、役員たちも疲れているはずだから、このあたりで適材適所におさめて、長く担当できる体制をつくっておいたほうがいい。

そう考えたからだ。



『次来る社長、超好み】

『私、ひとりと緊密におつきあいするより、複数の方と同時のほうが性に合うわ』

『じゃあ私、渋い紳士をいただこうっと』



話し合いったって、こんなものだけど。

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