ヴァイス・プレジデント番外編
CEOの退任とともに退職した私は、以前から興味のあった、都内のある私立大学に職を移した。
研究室づきの秘書になったのだ。
ずっと企業勤めが続いたので、アカデミックな雰囲気は新鮮だった。
人にもよるけれど、大学教授というのはなんとも浮世離れした存在だ。
大衆向けの著書を頻繁に発表したりメディアに積極的に出演したり、自分の講義に著名人を招いたり、そういう、いわばミーハーな教授も一定数いる。
けれど基本的には、勉強好きの学生がそのまま大人になったような人がほとんど。
多少の上下関係や派閥はあるものの、利益を追う必要も、目標やノルマに追われることもなく。
のんびりと、だけどストイックに自分を追いこみ、自分の一生の命題と位置づけた専門分野において、とことん研究を続ける。
私のボスである教授も、そういった類の人だった。
事務処理が苦手で、50代もなかばというのに独身で、整理整頓ができず、すぐにものをなくす。
たまたまだけれど、彼の専攻は西洋思想史で、哲学というくくりでは延大さんと同じだわ、とふと思った。
『君に何を頼んだらいいのかも、わからないんだ』
研究室にひとり秘書がつくのは、教授が必要としているというよりは、もはや慣習のようなものらしい。
就任した時、困り果てた様子で教授がつぶやいた。
『しばらく一緒に過ごさせていただければ、私のほうで仕事を見つけます』
私は笑い、そう安心させた。
まずは、考えられないほどに散らかった研究室を片づけ、そうすると、とっくに返信期限の過ぎた書類や手紙がわんさか見つかる。
年代別に整理して、足りなかったり多すぎたりするばかりの備品も見やすく整え、備えつけの冷蔵庫の中にある、茶色く変色した得体の知れないものなども、処分して。
ようやく人間の住まいらしくなった頃には、すでに就任して1カ月が過ぎていた。