ヴァイス・プレジデント番外編
「久良子ちゃんてファザコン?」
「おわかりになります?」
すぐ行くから、と延大さんが予約を入れたこのお店は、都内すれすれにある、隠れ家のような食事処だった。
古民家風の外観の建物が、雑居ビルのすきまに唐突にたたずんでおり、看板も出ていない。
古めかしい木の引き戸を開けて入ると、中はあっと驚くようなモダンな和風の空間が広がっていた。
「テーブル席がいいよね」
「実は私、畳が好きなんです」
タイトスカートの私に気を使ってくれる延大さんに遠慮なく言うと、
彼はまた意外そうに目を見開いて、それから楽しそうに「了解」と笑った。
掘りごたつですらないお座敷にゆったりと横座りをして、お惣菜、という名にふさわしいお料理を、少しずつ何品も楽しむ。
この座卓、黒檀だわ、すごい。
「お父さん的な男の人が好きなの?」
「惹かれますけれど、実際選ぶ相手がみんなそうだったかというと、どうでしょうね」
向こうの手間を省こうと、聞かれた以上の情報をあげると、綺麗な箸さばきで山ウドの酢味噌あえを食べていた彼が笑う。
「今、彼氏は?」
「おりません」
「つくる予定は?」
「ございません」
「喜んでいいのか微妙だなあ」
片頬をふくらませながら、延大さんが腕を組んだ。
正直というかなんというか、隠す気のない人ねえ。
ホタルイカの沖漬がおいしい。
春の味覚、満載ね、いいお店。
「どうぞ、お飲みになって」
「綺麗な子と一緒で、充分いい気分だから」
頬杖をついて、にこにこと首を振る。
もう30歳でしょ、少し落ち着いたら、と言いたくなる台詞だけれど、不思議とこの人には、そんな気も起こらない。
心から言ってくれていることが伝わってくる。
この人、中身は、見た目ほど軽薄じゃないんだわ。