思いがけずロマンチック
有田さんはまたもや王子様になって、私を助けてくれたらしい。
「すみません」
「気をつけろ、不安定だから下手に触らない方がいい」
受け止めた段ボール箱を床に降ろして、有田さんが大きく息を吐いた。怒っているのか呆れているのかわからない後ろ姿で、床に落ちた紙の束を拾い上げていく。黒いジャケットの後ろ側が肩から腕にかけて灰色に変わっている。
「ジャケットが汚れてます、叩いてもいいですか?」
恐る恐る尋ねると、有田さんは黙ったまま振り向いて自分で叩き始める。だけど埃は落ちるどころか、代わりに艶っぽいシミが広がっていく。
「ちょっと待ってください、手が汚れてるから余計に広がってます」
「え? どこが? これか?」
有田さんが声を上げる。
手のひらにはべっとりと真っ赤なインク。それを見て焦ったのか、確かめようと振り向いたり腕を曲げたり伸ばしたり。こんなに焦って取り乱している有田さんを見るのは初めてだ。
「とりあえず脱いでください、拭き取ってきますから」
「いらない、あとで自分でする」
「いいえ、私にさせてください」
強引にジャケットを脱がそうとするのに、有田さんは腕を突っ張って拒否する。拒否されると余計に意地になってしまう。
「この後本社に行くんだ」
「それまでに綺麗にしてみせます」
どこから湧いてくる自信なのか自分でもわからない。だけど、きっと綺麗にしてみせると私は決意した。