思いがけずロマンチック

笠間さんはためらうように唇を噛んでしまった。
その口から次の言葉が出てくるのをただ待っているなんて酷すぎる。いつまで続くかわからない緊張感に耐えるだなんて。


「再開発計画で手放さなければならなくなったんだ、実は数年前から話があったんだけどね」


溜め息混じりの声は苦しげで、笠間さんの辛さが伝わってくる。聞くんじゃなかったと思ったけれどもう手遅れ。


「お店を閉めてどうするんですか? どこかに移転を考えられてるんですか?」


浮かんだ疑問がすぐに口を突いて出てしまう。
きっと余計な詮索と思われてしまうかもしれないけれど気になってどうしようもない。


「いずれ移転はするつもりだけどまだ具体的には何にも……、でも行きたい町があるんだ」

「笠間さんの住んでいた町ですか?」

「違うよ、学生の頃に友人とツーリングに行った町でね、ここから車で一時間ほどの海沿いの静かな町なんだ」


記憶を辿る笠間さんの顔に悲しみは感じられない。むしろ遠く懐かしい風景を思い描いた目はいっそう穏やかで。


せめて移転することが本望だったと思いたくなる。


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