ルルー工房の月曜の午後
「……え」
それが黒い服を着た男の背中だと理解するのに、数秒かかった。
背の高い――女性の中でもベルは背が低い方だが、それでもそれなりに標準的な高さのベルより頭二つは高い男が、
暴漢とベルの間に割って入って、その右の掌に暴漢の拳を受け止めていた。
「往来で見苦しい。それ以上醜態を晒す前に、去ったほうが身のためだぞ」
低い、落ち着いた声音が有無を言わさない響きをもって暴漢の耳に届く。
暴漢はハッとしたようにあたりを見回すと、冷たい目で見つめるギャラリーの視線を受けてたじろいだ。
「……畜生ッ! 覚えてろ!」
古典的な捨台詞を吐いて、暴漢が走って行く。
それを見送って、男は小さく息を吐くと、振り返ってベルを見下ろした。
濡れたカラスの羽のような、漆黒の髪。対して切れ長の瞳は狼を思わせるアンバーの色。
年齢の読めない顔をしていた。二十と言われても納得できるが、四十と言われても違和感はない。そんな男だった。
男は薄い唇を開いた。
「……怪我はないか」
「…………え」
「怪我はないか、ときいた」
「う、え、あ、はい! 大丈夫、です」