強引なカレの甘い束縛
稲生さんは突然間近に寄せられた市川君の顔に驚きつつも、更に顔を赤くして、こくこくと頭を上下させた。
まるでお人形のように整ったかわいらしい顔が朱に染まり、長いまつげが揺れるさまは同性ながらも見とれてしまう。
市川君を前にして、どぎまぎしている彼女もまた、かわいらしい。
社内で見せている女の子らしさを意識した顔は作り物だと苦笑していたけれど、こうして恥ずかし気に市川君を見ている稲生さんもまた、本当の彼女の姿なのかもしれない。
「じゃ、後で連絡する。どっちにしても、近いうちに連絡するつもりだったんだ」
「え? どうして」
「どうして? それはもちろん、今度こそ、由梨香を俺の世界に連れていくためだろ。高校生の時は子ども過ぎてどうしようもなかったけど、もう、自分の意志で、新しい世界に飛び込んでこれるだろ」
稲生さんの耳元に言葉を落とすと、市川君はカウンターの向こう側で苦笑している輝さんに頭を下げた。
「お騒がせしました」
「いや、いいんだけどさ。巽が有名になったってようやく実感したよ。俺、バイオリンだのクラシックだの興味ないからなあ。悪い」
ははっと笑う輝さんに、市川君は首を振った。
「いえ、多少は有名になったかもしれませんが、まだまだですよ。バイオリンや音楽に興味がない人にでも僕の名前を知ってもらえるようになってこそ、ですからね。まあ、音楽で食べていける程度の稼ぎはどうにか……。だからイタリアに置いている拠点を日本に少しずつシフトしているんです」
「え、じゃあ、ほんとに帰ってきたの?」
稲生さんが、驚いた声をあげた。
「そうだよ。そろそろこっちに戻っておかなきゃ、誰かさんが他の男のもんになってしまうからな。……まだ、大丈夫だよな?」
「え、だ、誰のこと?」
「さあ、誰だろうな。……高校の時、俺の幸せのためだとかなんとか勝手に決めて、俺から離れて、自己満足に浸っていた女ってとこだな。そのわりに、離れたあと、泣いてるっていう話をあちこちから聞かされたけど」
意地悪な声で稲生さんにそう言って、市川君は肩をすくめた。