強引なカレの甘い束縛
「講習会を終えた七瀬が会社に帰ってくるのを待ってたのに帰ってこないどころか、砂川さんからナンパされるなんて言われてさ、慌てて来たんだよ」
陽太は小さくため息を吐き、私と稲生さんを見た。
「だけど、あの男前は、七瀬じゃなくて稲生さんを狙ってるわけだな」
その言葉に、稲生さんがぴくりと反応する。
「あ、私を狙ってるわけじゃなくて、以前からの知り合いで……」
「知り合いじゃなくて元カレだろ? まあ、相手が市川巽じゃ簡単にそんなことを口にするなんてできないよな。あれだけ見た目が整っていればマスコミが追ってるだろうしさ」
「いえ、そういうわけではなくて」
「慌てなくていいって。誰にも言わないし、市川巽が困るようなことはしない。俺は、彼が七瀬を狙ってなければそれでいい」
「はあ、結局そこですね」
ほんの少し、気持ちが緩んだような声で稲生さんがつぶやいた。
「もちろん、市川巽だけじゃない。長い間七瀬が欲しいのに我慢して、ようやく俺のものになったんだ。できれば他の誰にも見つからない場所に隠しておきたいくらいだよ」
「な、何を、突然……。陽太のものになったなんて、私」
「間違ってないだろう? お互いに好きだって伝え合ったんだから、七瀬は俺のものだ」
「俺のものって、そんな……」
照れてしまうような甘い言葉をすらすらと平然と言ってしまう陽太に、私だけでなく、稲生さんも驚いているようだ。
お箸を持つ手が止まり、陽太をまじまじと見つめている。
「春川さんって、恋愛に対してもっとクールだと思ってましたけど、完全なる肉食で強気すぎる溺愛者って感じですね」
頭を何度か横に振って、「あー、私ってお邪魔ですね」とからかう稲生さんに、陽太はとくに表情を変えることなく平然と口を開いた。
「クールでいられなくなるのも、肉食になるのも、七瀬相手のときだけだ。溺愛者っていうのも否定しないけど、七瀬に出会わなかったらこんな俺に、俺自身が気づくこともなかっただろうな」