強引なカレの甘い束縛
互いの額を合わせ、気持ちをすっと整えたあと、思い返すように小さく息を吐いた。
「あの日、この家を飛び出したとき、とっさにスマホと財布を掴んでいて、そのまま電車に乗ったの。どこに行くのか決めていたわけじゃないのに、私が向かったのは両親と一緒に住んでいた家だった」
「高校時代まで住んでいた家のことか?」
「そう。私を無理矢理転校させようとして身体も心も壊してしまったあの家」
「七瀬にいい思い出はないだろ?」
「うん……。最後の最後はあの家を出て姉さんの家で暮らせることがうれしくてたまらなかった。転校の必要がなくなって、ホッとしたし、父さんと母さんと一緒に暮らしていたけど、ほとんどひとりで過ごしていて寂しかったから」
「売れっ子の画家さんだったもんな」
「うん。そのこと、あの頃はわかってなかったけど」
小さく笑う私の頬を、陽太は優しく撫でた。
「最近、七瀬のご両親の作品展を見に行ったんだ。かなり大きな作品もあったし、圧倒された」
「ふふっ。圧倒されるよね。大人になったら、あのふたりの才能の凄さを実感できる。だけど、高校生の頃の私には、それがわからなかった」
次第に小さくなる私の声に気づいたのか、陽太は私の背中に両手を回すとぎゅっと抱きしめてくれた。
そう。
父さんと母さんがどんな絵を描いているのか、一緒に暮らしている頃はとくに興味がなかった。
描きたいテーマを求めて各地を転々とする両親に付き合わなければならないことが苦痛で、画家という職業にいい感情を持っていなかった。
というより、一か所に落ち着いて仕事をしてもらえるのなら、画家をやめて欲しいとまで思っていた。
私の思いとは裏腹に、作品を描けば描くたび高い値がつき、あっという間に売れていく作品たち。
父さんと母さんの意志とは別のところで作品を求める声が大きくなっていたように記憶している。