強引なカレの甘い束縛
描くことで自分たちを満足させている一方で、自分たちを追いつめているようにも思えたけれど、あのふたりには絵を描く以外に生活を維持する手段も、生きる喜びを見出すこともなかったのかもしれない。
たとえそれが、姉さんや私の人生に寂しさや不安を与えるものだとしても、仕方がないと、わかっていたのかどうか。
今となっては知ることができない。
そんな状況の中で、私は両親の作品をしっかりと見ることがなかった。
それどころか、避けていた。
私の気持ちをわかってくれない父さんと母さんの絵なんて、見たくない。
子どもだった私がそんな感情を抱いたとしても、当然だったと、思う。
父さんと母さんが自分を見つめる目よりも、絵を描いているときの目の方が生き生きとしていて楽しそうだと気づいてからは、とくにそうだった。
だけど、大人になった今ならわかる。
きっと、私は寂しかったんだろう。
両親にとって、絵よりも価値の劣る自分という存在に、不安を覚えていた。
絵を描くときのように、私のことも優しく見つめてよ、愛してよ。
そんな感情を押し殺していた私は、ふたりの作品を見る気持ちにはなれなかった。
けれど、両親が他界し、気持ちが落ち着いた頃から少しずつ触れる機会が増えた作品たち。
そのどれもが私の琴線に触れ、心だけでなく体全体を震わせた。