強引なカレの甘い束縛
「ありがとう。私も稲生さんと仲良くなれたばかりで離れるのは寂しい。でも、訂正しておくけど、私は別に優秀ではないと思う。同じ仕事を長くしているから、そう見えるだけで、新しい仕事を始めたらきっと、出来の悪いがっかりさんになると思う」
「がっかりさんなんて、そんなこと」
「ううん。新しいことを避けて、同じことを続けてきたから」
仕事も、プライベートも。
そうすることで心の平安を保ち、落ち着いて暮らしてきた。
というよりも、そうしなければ生きていくことが難しかったのかもしれない。
過去を振り返り、ほんの少し、胸が痛んだ。
大原部長は、俯いた私の気持ちに気づいたのか、優しい声で話しかけてくれた。
「秘書課も営業部も、人手が足りない。だから、地味だと言われる事務仕事を真面目に確実にこなしてきた萩尾さんの力が欲しいんだ。それは俺も同じだけど、そろそろ萩尾さんのキャリアのためにも、手放してあげなきゃな。……そうでなきゃ、陽太が困る……いや、これはいい」
「よ、陽太?」
「いやいや、なんでもないんだ。陽太もプロジェクトに召集されて踏ん張ってることだし、萩尾さんも、頑張ってくれよ。……もちろん、元山君も、稲生さんも」
ほんの少し、大原部長の口調が早くなったように思えた。
けれど、そのことを問う間もなく、稲生さんと元山君が目を輝かせながら頷いている姿が目に入った。
ふたりからは、力強い覚悟を感じた。
大原部長のひとりごと。
そう聞かされた途端のその力強さ。
ふたりは何を感じたのだろう。
一瞬、考えを巡らせば、私の手元にある要件依頼書に書かれている〝異動〟の文字が目に入った。
……もしかしたら、元山君は近いうちに、異動の予定でもあるのだろうか。
営業部が新しく大きな仕事を受注してきたとなれば、新たに発足されるに違いないプロジェクト。
はっと大原部長を見れば、相変わらずの飄々とした様子で私たちを順に見ている。
……たぬき親父。
心でそう呟いて、私は姿勢を正した。