エリートな彼と極上オフィス
本当ですか、と単純に浮かれるほど、私も愚かではない。

そりゃいつかはそういう部門で修行をしたいと思うけど。

今提案されているのは、そんな話じゃない。


まっすぐに覗き込んでくる瞳は、自分が強者であるのを知っている色だった。

こんな時でさえ、相手の自尊心を傷つけないようにと配慮してしまうのは、日本人だからなのか。



「あの、じゃあ、いずれ」

「今すぐでもいい」

「私、戻ります、戻らないと」



私と同時に、向こうも席を立った。

自動的に扉までの進路を塞がれた形になる。

背が高く、肩幅もある榎並部長は、立ちはだかる壁のように思えた。


ポケットの中で携帯が震えた。

数コール分振動して、静かになる。



「予定があるのかな」

「いえ、あの、はい、ありがとうございました」

「残念だね」

「ありがとうございました、本当に…」



声が震えた。

感じのいい笑みと共に一歩詰め寄られて、じり、と後退する。

小さな会議室は、すぐ壁だった。


どうしよう。

私が考えすぎなだけで、単に言葉どおり、キャリアを積む手助けをするよという話なのかもしれない。

そんなわけないと確信しつつも、もしそうだった時のために、妙な反応をしたくないという常識が枷になり、声も出せない。


俳優みたいな顔が、にこっと笑った。

右手が私のほうに伸ばされた。

身体のどこだろうと、あの手で触れられたら最後、私はこれまでの能天気さを失い、違う私になるだろう。

そんな無意味な予感、なんの役にも立たない。


どうしよう。


ぎゅっと身を縮めた時、部長の背後のドアが乱暴に開いた。

開けた人物は、悠長に今頃コンコンと扉を叩き、微笑とも冷笑ともつかない笑みを浮かべる。



「うちの湯田を、返していただけますか」


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