エリートな彼と極上オフィス
タクシーの中で、コウ先輩は完全に意識を失い、泥酔というよりは、熟睡状態だった。

20分ほどの道を昏々と眠って移動し、運転士さんに白い目を向けられながら、千明さんに担がれるようにして8階まで上がってきたのだ。



「いて…」

「先輩、お水飲みますか」



ベッドに横たわった先輩は、私がいることも認識していないようで、ぼんやりと天井を見上げると、また目を閉じた。

胸が苦しそうに上下している。


先輩の部屋は、ごくオーソドックスな1Kだった。

家具も凝りすぎず無頓着すぎず、ラックや簡易デスクといった、いかにも身軽な独身男です、という雰囲気でまとまっている。

本棚には私も借りたことのあるマーケティングの本や、先輩の好きな教授の著作が並んでいた。



(あ、読みたかったやつ)



先輩、持ってたんだ。

以前読んだ本の中で参考文献として取り上げられていて、興味があった本だ。


今度借してもらおう、と物色していたら、ベッドのほうで物音がした。

振り返ると先輩が、危なっかしい足取りで廊下のキッチンに向かうところだった。



「先輩、何か必要なら、私やりますから」

「ん…」



水を出しっぱなしにしたまま、シンクの縁に両手をかけて、じっとうつむいている。



「気分悪いですか…?」



うなずきも首振りも返ってこない。

聞こえていないんだろうか。

もしかして無理にでも吐かせたほうがいいのかと、おそるおそる背中をさすってみた。


くぐもった音が聞こえたので、戻すかなと思い、身体を支えてあげようとして、勘違いに気がついた。

嗚咽だ。


私は動転し、千明さんを呼び戻そうかと考えた。

だって先輩が…泣いてる。

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