エリートな彼と極上オフィス

『私は逃げようと思えば逃げられました。何度目かなんてのも、本質的な問題ではないはずです。お気になさらず』

『そんなわけに、いくかよ』

『じゃあなんですか、謝って済む問題じゃないって言ったら、何かしていただけるんですか?』



予想した以上に、真正面から先輩がしつこいので、私はすでにいらいらしはじめていた。

謝らないでくださいよ。

謝られた瞬間、あの夜のことは、単なる事故になってしまう。


そうは思いたくないんですよ、わかってよ。

先輩も少しは望んでたんだって、夢を見させてください。



『お前、その、身体は』

『見たまんまですよ、至って元気です』

『そういうもんなのか…?』



あのねえ、とバッグを乱暴にデスクに置いた。



『どういうものかなんて知りませんよ、とりあえず私は無事です、お気遣いなく』

『だって、すげえ血で…あれ、お前のだろ』



やめてよ、と腹が立つより先に、力が抜けた。

ここまで直球しか投げられない人だったっけ。



『そんなの、先輩のほうが詳しいでしょ、もうやめてもらえませんかね、この話』

『勝手なこと言うなよ、お前に無視されてる間、俺、吐くほど悩んだんだぞ、実際吐いたし』

『二日酔いです、それは』

『お前、ほんと勝手だ!』



いきなり叱られて、ぽかんとしてしまった。

勝手? 私が?

先輩はどうやら本気で頭に来ているようで、めったに見ないほどの強い口調で、私を叱責した。



『謝らせてもくれない、訊いても真面目に答えない、挙げ句、気にするななんて無茶言いやがって、勝手すぎる』

『は…』



返す言葉がなかった。

怒られて萎縮したわけじゃない、呆れたのだ。


先輩の言っていることには、確かに一理あるけど。

今、道理をふりかざせる立場だと思うわけですか?

私の無言の非難が伝わったのか、先輩は少し迷いを見せながらも、断固とした態度を崩さない。

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