エリートな彼と極上オフィス
濡れると何がそんなに嫌なのかわからない、と言って譲らない先輩は、こんな雨の日でも傘を持たない意地っ張りだ。

髪がふくらむしメイクも落ちます、と私だけ差している傘を、時折気の毒そうに見るので、私のほうが非常識みたいな気がしてくる。



「だいたいです」



ね、と言う前に、ひょいと傘の下に頭が入ってきて、口にキスをした。

往来での突然の接触に、反論も忘れ動揺してしまう。



「ほら」

「ほら見ろ、でしょ」



得意げに言おうとしたのをさらってやると、整った顔がぷっとふくれた。

日曜日、映画と食事などという王道のデートを楽しんできた帰りだった。



「誰も私の隙なんて、虎視眈々と狙ってたりしないですよ」

「その考えが隙だらけって言うんだ」

「自分が人の隙に潜り込むのがうまいと、他人の隙が気になるんですかねえ」

「なんだと?」



先輩の部屋で、ベッドを背もたれにして座っていた私を、両手にマグカップを持った先輩が足で押しやった。

前につんのめった私の背後に、身体をねじ込むようにして腰を下ろすと、ひとつを持たせてくれる。

甘すぎないココアだ。

先輩の体温が近すぎて、どうもです、と言う声は小さくなった。



「先輩は、いつもいい匂いがしますね」

「それ、前にも誰かに言われたな。朝に香水つけるだけなんだけどな」

「前にも誰かに言われたですか」



前にも誰かに、ね。

先輩が小さく舌打ちして、ベッドに肘をつく。



「お前って意外としつこいよな」

「意外でもなんでもなく、私はしつこいですよ」

「しつこくで思い出したんだけど、全然別の話していい?」



はい、となんとなく居住まいを正す。

先輩は苦笑して、そんなたいした話じゃねえんだけどさ、と私の肩に片腕を置いた。

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