エリートな彼と極上オフィス

『航、ちょうどよかった』



翌日、お昼時のエレベーターで、中川嬢と行き合った。

げっ、という悲鳴は胸の内に収め、精一杯の愛想を込めて会釈したら、うまいこと気づかないふりをされた。



『またつきあって』

『今度は何買うんだ』

『原付』

『原付!?』



空いてはいないエレベーターの中で、思わずといった体で先輩が大きな声を出す。



『何よ』

『学生じゃねーんだし、どうせ買うなら車でいいじゃん、軽とかさ』

『だってうちのガレージ、1台しか入らないもの』

『近所に借りれば?』

『そういうの、よくわかんない、見に来てくれる?』



おいおい、実家かこの人。

そこに先輩を呼ぶつもりか。


なんとなく、エレベーター内の人々が、聞き耳を立てはじめた気がする。

先輩は無頓着に、いいけど、とまた言った。

あとで千明さんにチクろう。



『じゃあ、来週土曜は? ちょうど親、いないの』

『親はいたほうがいいんじゃないか? 契約すんだろ?』



不思議そうに言いながら携帯を取り出す先輩に、私の隣に乗り合わせた人が、こっそり噴き出した。

確かに、端で聞いていたらさぞ愉快なやりとりだろう。

私はそれどころじゃない。

ミス中川めは、駐車場を見に行くだけのつもりの先輩を、家に引っ張りあげる気満々だ。

その先なんて、想像つきすぎて困る。



『あ、わり、その日は俺、ダメだ』



あ、とそこで私も気がついた。

来週の土曜は、私と先輩が出かける、候補の日だ。

えーっと中川さんが不服そうな声をあげる。

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